「確認」した?

人生で大切なことは、自身での「確認」である、という心情の元、気になったもの・ことへは、全力で駆け寄って行きます。

自身の名前さえ丁寧に呼べない(Podcast収録奮闘の記録)

どうも。

シェアメイトとPodcastを配信しようと日々奮闘中です。
今まで音声メディアとほとんど関わったことがなかったので、すべてが未知の領域…。

マイクってどれが良いの?
PCにまとめて2台繋ぐことってできるの?

とか、ちょう初歩段階からのスタートですよ。

そうなると、

  • webデザイン
  • ビジュアルデザイン
  • デジタル絵

って、本当に自分に馴染んだものだったのだなーとか改めて思いますよね。

しかもその仕事をしていると周囲もそれ関係の人間ばかりになるので、日々やっていることが「全人類の当たり前」に思えてきてしまう罠。

そしてPodcastと言えばまず必要なのは音源な訳で。
マイクのお試しも兼ねて収録したのですが、

まぁ、自分の声に絶望しますよね…。

自己認識している声と、発せられている声は違う、と言われて久しいですが本当にそれ。
現代っ子はセルフィーをすごい撮っていそうなので今更かもですが、何せわたしはmixi世代。
自分が喋る動画なんて人生で撮って来ませんでしたわよ(なので自身の画像もほぼない)。

改めて、メディアで喋るプロの人たちはすごいことをしているのだと思いましたよ。

一般人のYouTubeを観ていると、何でこんなにつまらなかったり、居心地が悪く感じるのだろう…、と思うことが多々あったのですが、何のこっちゃない。自分もそれ。
てゆうかそうゆう訓練を受けて来なかった人は、だいたいそれ。
自分の名前すら丁寧に呼べない(たぶん照れてぶん投げる状態になってる…)。
そして声に奥行きがなく、薄っぺらく感じてしまう。

メディアで喋るお仕事をしている人たちって、
普段私たちも当たり前にしている「話す」という行為をしているもので、何となく同じような認識を持ってしまいますが、世界からして違う。

Podcastで彼/彼女らがさらっと話しているように思えても、「さらっと話している=プロ or 場慣れしている人」なのだと改めて思いました。

そうなると、話すことについて学びたい!とか思い始めて、ボイトレレッスンを調べそうになったのですが、まて、本からの情報入手が先だ、とどうにか思い留まりました(財源もないですしね…)。

このあたりですかね。

 

 

そいでクリエイティブなことをやっている場面で再三思い出すのは、所ジョージの言葉。

完成度は低くても良いから、完成させる。

Yes!自分の声がいまいちで、それに向けては研究を開始しつつも、いったんは配信するのだー!という方向性としています。

思えば、

3月頭にローカルレストランでPodcast話で盛り上がる


その日のうちにシェアメイトが企画書を送ってくる

配信(たぶん今週土曜日)

と、1か月で怒涛の展開よ。

今回初めて知ったのは、

思いついたことを文字に起こして、企画書を作るって本当に大事だということ。

そうすることより、一気に物事が進み始めますよ~。

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