「確認」した?

人生で大切なことは、自身での「確認」である、という心情の元、気になったもの・ことへは、全力で駆け寄って行きます。

自分はいったい何がやりたいのか状態

どうも。

周囲に嵐と凪が同居しており、自分の足元がぐらぐらになっております。

嵐とは、
転職、フリーランス、プチ起業、入籍、新しいことへ挑戦
とかですね。

凪は、
現状維持でしょうか。

嵐には主にプライベートで出会っていて、
凪には会社内で出会う感じです。

ローカルなシェアハウスに住んでいるので、プライベートで嵐に出会う確率がどうしたって高くなるとは思うのだが、それにしても皆さん嵐。

彼・彼女等からは、都内で出会う人とは違うエネルギーをすごい感じて、
え、わたし今何もやっていない…と思わずにはいられなくなる。

勉強や読書は通常運転でやってはいるのだが(会社の友人には、いつも何かしらやっているよね、と言われるが)、それとは何か違うのだよな~。

てか、都内にもそうゆう人はたくさんいるかもだが、人が多すぎて遭遇する確率が低くなっているのかしら。

だって今の場では、
漫画屋、フードケータリング業、美容師、ガラス細工屋、漁師、海苔作り、野菜作り、農家、ごはん屋、とすごい色んな人と直ぐに密になれて、そうなると明らかに自分のやっていること(やっていない事?)への引け目を感じるのだよな(ごはん屋さんで周囲の人と親しくなるとだいたい、わたしこれやってます、とネームカードが出て来る状況)。

人との比較なんてどうでも良いじゃないか、と胸を張って言えればそれで良いのだが、
わたしはもっと動きたい(だが動けていない)と、常に思っている感じ。

だがここまで来ると、自分の特性的なものがいい加減分かっており、
原因は、
何か命を懸ける事をやりたいと思っているのに、それが見つかっていない(できていない)ジレンマなのですよね。
これは高校生の時から感じているのですが、でもこんな事を思える自体、ある程度余裕がある生活を送っているのだ、という事も分かっている~。

そいでやりたいことがないって言うのではなくて(命を懸けるかは別として)、
他言語を学んで様々なバックグラウンドの人と関わりたい、と思ってはいるが、
そもそも今居る場にそれがそぐわないから色々考えてしまうのかもと思ったりして。
(美術史に触れていたい、というのもあるが、これもまた場が違うのかもと)

自分がやりたい事と関わりが深い場に所属した方が、向かうエネルギーがぶつかり合わなそう。

だが自分が面倒な部分は、そうは言っても、ローカルなこの場で活動している人たちに混ざりたいなと思ってもいるという。
せっかく「今ここ」に居るのだから、それを楽しめば良いじゃないか、という話もあり、じっさい楽しんではいるですけれどね。

でも年齢(残り時間)を考えるに、一番やりたいことに全力投球した方が良いのでは?とも思う。

というか、ある意味ではゼータクな悩みでぶっ飛ばされそうです。

ちなみに昨日は、行楽ちらし寿司弁当(すべて手作り)をテイクアウトとして、友人と海でランチしていました。

楽しい。