
どうも。
結婚も子育ても親の介護も(まだ)していない身です。
そうなると、それなりに習い事をしてしまうのですよね~。
だって世界にはやってみたい事が多すぎるのだもの。
20代から現在まで、お金を払って習った事は以下。
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空手(総合格闘技)
↓
ヴァイオリン①
↓
ヴァイオリン②
↓
英会話
↓
フラメンコ
↓
着物着付け
↓
服作り
↓
ウクレレ
↓
絵画教室①
↓
絵画教室②
↓
絵画教室③
↓
SUPサーフィン
↓
ピラティス
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結構習ってる~。
しかもやるならちゃんと習いたい!という拘りから、まずお金がかからない方法で始めよう、…ではなく、有料の「習い事」へ一気に突っ込んで行くのですよね(体験レッスンはちゃんと受けていますが)。
ある程度までやり切った!のは、
- フラメンコ
- 着物着付け
- SUPサーフィン(継続中)
で、あとはなぁなぁとなりました。
しかも器用貧乏なもので、初期段階である程度できてしまうのもイカンです。
ゆえにそこからの進展や「極める」事ができない性質…。
てか逆に最初上手くできない方が長続きする気がする。
できないことができるようになったー!となると喜びもひとしおなのですが、その感覚をあまり体験したことがない可哀そうな状態。
(SUPサーフィンは珍しく「ほぼ何もできない状態」だったので、地味に段階を踏むのを楽しんでいますが。)
絵画教室については、それこそある程度は描けるもので、基礎に甘んじて退屈してしまった感。
基礎がとても大事なのでは?とか「かくかくしかじか」を読んで思っていたのですよ~。
確かに基礎も大事だが、わたしはたぶん「絵作り」をやりたかった気がする。
そんなの習わないで良いじゃん、と思うなかれ。
わたしはまだ「課題」が必要な状態で、
「自身で発想すること」が不得手
↓
考えるタイミングがないと描き始めない
というダメなスパイラル。
だって絵を描く、っていつでもどこでもできるのだもの。
そうしていると後回しになってしまう癖に、でも発想(思考)はしていたい、という面倒臭い状態よ。
と、もだもだしていたら、最近は絵を描きたい、とあまり感じなくなってしまいました。
悲しい…。
あぁでも「本当に大切な事は戻って来る」ので、いったん絵を描く事は保留にしても良いかもと。
それでも日々、インプット(ネトフリや読書)だけではなく、何かしら「手や頭を動かしたい願望」は大いにあるのですよね。
20代辺りで、「物づくりをしない人生には価値がない(ような気がする)」という呪いにかかったまま、未だに脱出できていないのですよ。
その呪いの原因は、98年~2000年くらいの手作りブーム(デコラちゃん・篠原ともえちゃん)や、「ご近所物語」「Paradise Kiss」「ハチミツとクローバー」「のだめカンタービレ」とかで、それらの「表現することっていい(価値がある)よね!」という思想が強烈に焼き付いているからと思われまする~。
周囲の皆さんそうゆう感情とどう向き合っているの?と常々思っていたのですが、そもそも呪いがかかっていないと、「そう思う事」もないのだろうな~。
だから他の皆がハッピーかと言えばそうでもなく、各々別の色んな呪いにかかっているのでしょう、たぶん。
そしてまた新たな習い事に挑戦しようとしております。
質素な生活がしたい、とか公言していましたが、ビックテックの各種サブスクを放棄しても別の部分で結構お金を使ってしまっているような気がしているのですが…。
これぞ人生、なの?どうなの?