「確認」した?

人生で大切なことは、自身での「確認」である、という心情の元、気になったもの・ことへは、全力で駆け寄って行きます。

「正常性バイアス」がはっきりと分かる瞬間に遭遇してしまった

どうも。

19時くらいにいきなり共有の廊下の火災報知器が鳴り出しまして。
いったん廊下に出ると、老夫婦が居たので、

「家事、ではないみたいですよね…?」
「たぶん。そろそろ消防車が来るみたいよ」

と会話をしたのですが(じっさい火の手や煙は確認できなかった)。

まってまって。
ここからは見えない場所が燃えているかもしれないじゃん。
下に降りて建物全体を確認するべきなのでは?と思い、部屋に鍵をかけて階段で1階に降りると、到着した消防士さんと遭遇。
現状を説明して、一緒に報知器が鳴っている階に到着したのですが。

その老夫婦のかたや、部屋から出てこなかったかた(消防士さんが、インターホンから室内の火災報知機確認依頼をしていた)を見て、

おぉ。これが正常性バイアスか…、と思ってしまった。

正常性バイアス(せいじょうせいバイアス、英: Normalcy bias)とは、認知バイアスの一種。社会心理学、災害心理学などで使用されている心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりするという認知の特性のこと。

(Wikipediaより抜粋)

報知器が鳴る

ただごとではなさそう

でも一見何もなさそう

たぶん平気でしょう(いったんステイ)

という心理ってすごーく良く分かりますし、ほとんどの場合は、大した事はなかったよね、で済むと思うのですが。
でもそれだけで済まずに大ごとになったり、場合によっては命を落とす事もあるのだと思う。
で、自分がそうならない自信がある、とは全然思わないが「人間には正常性バイアスが働いてしまう」という事を知っていれば、

今、たぶん正常性バイアスが働いている。一応確認した方が良いかも、」と客観的に捉えられると思った。

じっさい、

あ。今、自分は分岐点にいる(ちゃんと確認する or しない)、

と思った瞬間がはっきりと分かったのですよね。

結局何事もなく(良かった)、警備会社のかたがちょっと遅れて到着し、警報は解除されたのですが。

危機かも?という状況に遭遇しても、正常性バイアスに呑まれず、悔いのない行動ができれば良いなー、と思ってしまった。

てか、警報が鳴ったら速効で消防車が来てくれて、到着した消防士さんたちもすごーく感じが良いかたたちで、
(何もなかったとは言え)早々に来てくださって、ありがとうございます…!!!
と思ってしまった。

最近各方面で、今の日本ってどうなの?と思う事多々なのですが、まだまだ我が国のインフラってすごいのですね。

 

そいで人間の心理状況とかって、結構ちゃんと言語化されており、何事にも名前が付くとはっきりと捉えられるものなのだな、とも思ったり。

放送大学の授業「より良い思考の技法 クリティカルシンキングへの招待」ではそんな講義が行われているので、興味があるかたはぜひ~。

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