
どうも。
AI超基礎を、会社提供のオンライン講座で学んでいるのですが(仕方なく…)、本当に全然興味が湧かない…。
だが画面の中では講師と聞き手が、
「こんなこともできるなんて、すごくないですか?画期的じゃないですか?!」
「ええ。これは全くすごいですね!!!」
とかいう掛け合いを始終繰り広げているのだが、
…うん。すごいがそこまで熱狂するほどでもなくね…?とドン引いてマッスル。
これってiPhoneの出始めの時に似ていると思っていて、いち早く手に入れた友人が、
これは便利すぎるよ!iPhoneを持っていなかった時のことをもう考えられないよ~!
と熱く語っており、えー、そんなにすごいの?、と自分もいそいそと購入したが、
いや、それほどでもなくね…?そこまで頻繁に使う機能なくね?寧ろ物理ボタンの方が使い勝手良くね…?と全然利便性を感じず、結局ソニエリのガラケーに戻して、ギリギリまで使い倒したのでした(その後シムフリーのBlackBerryに移行)。
AIも、現状で必要性を感じるなら使うのは全然ありだが、わたしの今の業務や私生活でははっきり言って不要なのだよな~。
クライアントがこれ使って、というAIは全然使うが、そこまでで良い感じ。
てか、「元々自分だけで考えた企画(AIを使っていない)でも50%は通っていたんですけれどね、」とその講師は誇らしげに語っていたが、それならあなたは改めてAIを使わなくても良いのでは…とか何とか(AIを使えばもっと効率的且つ打率が上がる、という話だとは思うが)。
現状の何がトホホかって、
こんな便利なAIを使わないなんておかしい。損している。絶対使うべきだよ。
という風潮があること~。
わたしは人生相談も、手相占いも、画像生成も、翻訳も、大急ぎでサマリーを作る事も、コードを書く事も、エクセルで複雑な計算式を作る事も、今の所は不要なのだよな~(他にもできることがあるのかもしれないが…)。
しかし、こんなかんたんにすごい情報量や整頓されたものを出してくれるなら、人間って本当に頭を使わなくなりそうだよな。
- 最初の土台は自分で作らないとダメ
- ハルシネーションがあるので、最後は人間のチェックが必要
という事ではあるが、例えば広告のコピーを考えるのに、あーでもない、こーでもないと散々思考することがなくなるのではと。
(まずは100個出せ、とか昔言われていたが、その一部をAIに任せることになると思うので。)
で、仕事って「身近にある思考が必要な行為」だと思っているのだが、それが取り払われた時、プライベートでそこまで考えることってある…?
だって今時の趣味って、受け身な事が多いじゃない。
そうなると本当に「考える」ことをしなくなりそうで怖いと思っている…。
なので、まだ自分はAIとは距離を置いていたい、という話でした(仕事なので、オンライン講座は引き続き受講しますけどね~)。
そしてやっぱり手を動かしていたい。