
どうも。
各種サブスクから降りまくって、Amazonの利用もほぼ止めて、もぉ
- SUPサーフィン(海関連)
- 手芸
- 他言語(映画)
- 本
- 友人
があれば充分なのでは?と思う今日この頃。
日当たりの良い窓辺で読書をすれば幸せですし、DVDでサイモン・ペッグの映画を観ていればハッピ~。
ガジェットはスマホとノートPCだけで、それ以外のスマートウォッチとかiPadとか要らない~。
お絵描き用に購入したiPadはストレッチ時に使っていたが、操作にいつもイライラするし、何かの作業中に動画を流しても大してハッピーではないのだよな~。
情報過多で、逆にうんざりしてしまうのよ。
でも意志薄弱なので、ついつい惰性でiPadを出してしまうので、いったん天袋にしまいました。
これは使える!&使いたい!と購入したものの、そうでもなかったな…という物が多すぎますよね(そうゆう物に限ってお高かったりする…)。
何でそうなるのかと言えば、
気になる
↓
ネットで調べる
↓
すごいたくさんの情報(商品)が出て来る
という事なのだよなー。
で、直ぐにポチれるから、買い物が捗ってしまうという悪循環。
じっさいAmazonとクレカ利用を止めたら(直ぐにポチらない&おススメ商品に翻弄されない)、物はほとんど増えないです。
でもAmazonに翻弄されていた時代の残り香がまだまだある感じが…。
大量生産・大量消費が(たぶん)終焉を迎えつつある今日この頃。
ある程度の物質社会に生きて来た人達は、今手元にある物だけで充分幸せに暮らせのでは?と思うのですがどうなのでしょう。
書籍「編むことは力」に、
「いや、肉、ミルク、ウールと火があって、政府が本と教育を供給してくれていた。他に何が必要なんだ?」
というベドウィン(※)との会話が書かれており、そうだよな、本当に必要な物って、たぶんそんなにはないのだよな、と思ったのだった…。
※ベドウィンとは、アラビア語の badawī (بدوي, バダウィー) からくる、砂漠の住人を指す一般名詞で、普通アラブの遊牧民族に対して使う。
(Wikipediaより)